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札幌地方裁判所 昭和36年(ワ)393号 判決

原告 北海道信用保証協会

右代表者理事 西村市松

右訴訟代理人弁護士 富田政儀

同 河谷泰昌

被告 位田吉三郎

右訴訟代理人弁護士 藤井正章

主文

被告は原告に対して金三二、六七五円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原被告各二分の一の負担とする。

この判決は原告において金一〇、〇〇〇円の担保を供するときは原告勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して金五七一、三二八円並びに内金五三二、四八〇円に対する昭和二八年五月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員及び内金一二、八一五円に対する昭和二五年一二月一九日から支払済に至るまで金一〇〇円について一日金三銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、被告は昭和二四年七月四日訴外株式会社北海道拓殖銀行から金五〇〇、〇〇〇円を弁済期昭和二五年四月三〇日、利息は金一〇〇円について一日金二銭八厘、遅延損害金は同じく金五銭の割合による約で借受け、被告所有の建物に根抵当権を設定した。

二、その際原告は被告の保証委託により保証期間は借受の日から弁済のある日までとし、右保証期間中被告は原告に対して借受元金一〇〇円について一日金一銭一厘の割合による保証料を借受金弁済の日までに支払う、若し被告が保証料の支払を怠つたときは金一〇〇円について一日金三銭の割合による遅延損害金を支払う約で被告の前記銀行に対する債務について保証した。

三、ところが被告は前記弁済期を経過しても右金員の支払をしないので、原告は前記銀行に対し昭和二五年一二月一八日元金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二五年五月一日から同年一二月一八日まで二三二日間の金一〇〇円について一日金二銭八厘の割合による遅延損害金三二、四八〇円合計金五三二、四八〇円を被告に代つて弁済し、原告は右銀行が被告に対して有する一切の権利の法定移転を受けた。

四、よつて原告は被告に対し

(一)  右代位弁済による金五三二、四八〇円の求償権及びこれに対する代位弁済の日の翌日である昭和二五年一二月一九日から支払済に至るまでの法定利率年五分の割合による遅延損害金請求権

(二)  保証元金五〇〇、〇〇〇円に対する昭和二五年四月三〇日から代位弁済の日である昭和二五年一二月一八日まで二三二日間の金一〇〇円について一日金一銭一厘の割合による計金一二、八一五円の未収保証料請求権及びこれに対する代位弁済の日の翌日である昭和二五年一二月一九日から支払済に至るまで金一〇〇円について一日金三銭の割合による遅延損害金請求権

(三)  原告が代位弁済により法定移転を受けた根抵当権の設定してある建物について、原告が義務なくして被告のために、すなわち事務管理として訴外千代田火災海上保険株式会社に対し昭和二六年四月二三日から昭和二八年八月二三日までの火災保険料を立替支払いしたことにより金三二、六七五円の有益なる費用を支出したので右金額の費用償還請求権

を各有するに至つたところ、被告は原告に対して、(一)の遅延損害金について昭和二八年一〇月七日担保不動産の競売配当金から昭和二八年五月三〇日までの分、(三)の立替保険料について昭和二八年一二月二八日及び昭和二九年四月一日合計金六、六四二円を各弁済したのみでその余の弁済をしない。

よつて、原告は被告に対して未だ弁済を受けない金員の支払を求める。」

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「一、原告主張の請求原因事実中、四、(三)の原告が訴外千代田火災海上保険株式会社に対し原告主張の日に原告主張の金員を支払つたことは認めるが右支払が事物管理としてされたとの事実を否認する。その余の請求原因事実はいずれも認める。

二、原告による右保険料支払は原告が請求原因事実二で主張する保証委託の際に同時に被告から原告に委託されたものである。

三、仮りに右右委託の事実が認められないとしても、被告は原告と昭和二六年二月担保物に関する火災保険契約の切換に際し改めて担保物の保険金請求権に対する質権設定契約をしたときに保険料について被保険者である被告負担であるが原告において立替払をしておく旨の特約がされ、火災保険契約は被告名義でされ被告が契約書に押印しているものである。したがつて、原告の火災保険料立替払は右特約に基く義務としてされたものである。

四、仮りに右特約の事実が認められないとしても、原告は被告の保証人として北海道拓殖銀行に代位弁済した結果取得した担保権を確保するために保険会社に火災保険料を支払つたものである。すなわち、原告が自己の有する質権を確保するために支払つたものであるから、保険料の支払は事務管理の「他人のタメ」という要件を充足しない。」

被告訴訟代理人は抗弁として次のとおり述べた。

「原告主張の代位弁済金の求償権及びその遅延損害金請求権並びに保証料請求権及びその遅延損害金請求権は商事時効によつて被告が原告に弁済した最後の日である昭和二八年一〇月七日から五年を経過した昭和三三年一〇月七日に消滅したものであつて、被告は本訴において右時効を援用する。

右債権について商事時効の適用される理由は次のとおりである。すなわち、主たる債務者の委託によつて保証がされた場合においては、主たる債務者と保証人との間には、委任関係があるから、その保証人において主たる債務者に代り債権者に弁済をし、その結果主たる債務者に償還義務を生じたものに外ならない。そうして、主たる債務者が委託当時商人であるときは、委任はその営業のためにするものと推定せられ反証のない限り商行為となるべきものであるから(商法第五〇三条)、その償還義務は商行為によつて生じたことになり、たとえ保証人が非商人であつても商法第三条の規定により同法第五二二条の規定が双方に適用せられ、保証人の有する求償権は五年の消滅時効によつて消滅する。ところで、原告が非商人であつても、被告は保証委託の昭和二四年七月四日当時ゴム製造販売を業とする商人であつたから、原告の有する求償権については商事時効が適用される。保証料債権についても右と同様である。」

原告訴訟代理人は被告の主張及び抗弁に対して次のとおり述べた。

「一、火災保険契約が被告名義でされ、被告が契約書に押印していることは認める。

二、被告の抗弁事実中被告が保証委託当時被告主張のような商人であつたこと、原告主張の求償権の遅延損害金請求権について被告が原告に対し最後に弁済したのが昭和二八年一〇月七日であることは認めるが、その余の事実は否認する。

三、原告の主張する求償債権は委託を受けた保証人である原告が北海道拓殖銀行に対して被告のため代位弁済したことに基いて民法第四五九条により請求しているものであつて、被告からの委託、すなわち委任契約に基いて請求しているものではない。これを要するに委託を受けた保証人が代位弁済をした場合に主たる債務者に対して取得する求償権は委任の直接効力として受任者の費用償還請求権等を規定する民法第六五〇条に基くものではなく、同法が右の趣旨を参酌して上記第四五九条において特に発生要件並びに権利の範囲を規定し、これにより求償権なる権利を保証人に賦与しているものであつて法定された請求権である。したがつて、右求償権をもつて商法第五二二条の「商行為ニ因リテ生シタル債権」ということはできず、被告の抗弁は失当である。」証拠として≪省略≫

理由

原告主張の請求原因事実については、原告が訴外千代田火災海上保険株式会社に原告主張の金員を支払つたのが原告の事務管理によるものであるとの点を除き、当事者間に争いがない。

次いで、成立に争いのない甲第一号証ないし第三号証及び証人伊藤次郎の証言によれば、原告による右金員の支払が事務管理としてされたものであることを認めることができる。被告本人尋問の結果も、せいぜい右金員の立替払を原告に依頼したことを認めることができるに過ぎず、原告がその依頼を承諾しその結果義務として右立替払がされたものであることまで認めることはできず、前記認定を覆えすに足りるものではない。また火災保険契約が被告名義でされ被告が契約書に押印していることは当事者間に争いないが、右事実も火災保険料の原告による立替払が義務としてされたことまでも認めるに足りるものではなく、前記認定を左右するに足りるものではない。もつとも、右立替払が単に被告のためにのみされたものではなく、被告の主張するように、原告の担保権を確保するためにもされていることは明らかであるが、さりとて原告のためにのみされたということはできず、原告のため及び被告のためにされたものであつて、事務管理の「他人ノタメ」という要件を充足するものといわねばならない。そうして右費用は、全額被告のために有益な費用ということができるから、被告は原告に対して右金員を償還する義務がある。

そこで、被告の消滅時効の抗弁について判断する。

保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合は、主たる債務者と保証人との間の法律関係は本来委任関係であるから、その保証人が主たる債務者に代り債権者に弁済をしたことにより主たる債務者に対して有する求償権はその性質上委任事務処理に要した費用償還請求権に外ならないのであるが、民法は保証の性格に基いてその第四五九条において右求償権に関する特則を設けたものである。そうして、主たる債務者が委託当時商人である時は、たとえ保証人が商人でない場合でも、当該保証委託契約は反証のない限り主たる債務者の営業のためにするものと推定され、主たる債務者のために商行為となり、当該保証契約についてはその当事者双方に商法が適用される。もつとも、前述の保証人の主たる債務者に対する求償権は、委託を前提とするとともに、さらに、保証人が主たる債務者に代つて弁済をするという事実が加わつて発生するものであり、その意味において求償権の発生要件は、委任契約そのものの発生要件と同一ではない(この点は民法第六五〇条の委任者の費用償還請求権と委任契約との関係についても同様である)。すなわち、右求償権は、直接的には保証人の弁済という行為によつて発生したものであり、保証人が商人でない場合は右の弁済は商行為ではないから、右求償権は商行為によつて直接生じた債権ということはできない。しかしながら五年の商事時効を規定する商法第五二二条の「商行為ニ因リテ生シタル債権」とは、その債権が商行為から直接生じた場合に限ると解するのは狭きに失する。右規定は、迅速結了を尊重する商取引の要請に応えたものであるが、前記求償権は、その前提たる保証委託契約において当然予想されている法律関係であり保証委託契約の結末をつけるためのものであるから、右求償権についても商行為たる保証委託契約についてと全く同様に右迅速結了の主義が必要とされるのであつて、右の求償権は、保証委託契約の実質的な効力として商法第五二二条との関係ではその根源を保証委託契約に求め、右求償権も「商行為ニ因リテ生シタル債権」と解するが相当である。また、原告主張の保証料請求権が保証委託契約そのものの効果であることはいうまでもない。

ところで原告が前記保証委託契約を締結した当時商人であつたことは当事者間に争いがない。そうして、原告主張の求償権に関しては、その遅延損害金について被告が原告に対して最後に弁済した日が昭和二八年一〇月七日であることは、当事者間に争いがないから、右求償権は右の日から五年を経過した昭和三三年一〇月七日の満了によつて時効により消滅しているものといわなければならない。そうして右時効消滅の効力はその起算日たる昭和二八年一〇月八日に遡るから、右求償権について同日以降遅延損害金の発生する余地はなく、また右の日より前に既に発生した遅延損害金請求権も求償権そのものについてと同様の理により昭和三三年一〇月七日の満了するまでにすべて時効により消滅していることとなる。さらに原告主張の保証料請求権については借受金弁済の日までに支払う約であつたこと及び原告が元金五〇〇、〇〇〇円の代位弁済をした日が昭和二五年一二月一八日であることは当事者間に争いがないから、右保証料請求権は、右の日から五年を経過した昭和三五年一二月一八日の満了によつて時効により消滅したこととなる。そうして右時効の効力はその起算日である昭和二五年一二月一九日に遡るから、同日以降遅延損害金の発生する余地はない。したがつて被告の時効の抗弁は理由がある。

よつて、原告の本訴請求中、被告に対して前記立替保険料の償還請求として金三二、六七五円の支払を求める部分は正当として認容しその余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井敬二郎)

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